「竹田流」人間力の高め方
発売記念スペシャル寄稿

笑い話を聞かせてくれる

ラグビー界の先輩
怖い空気は

みじんも感じさせない

村上 晃一(むらかみ・こういち)

1965年3月1日生まれ、京都府出身。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。1987年、ベースボール・マガジン社に入社し、『ラグビーマガジン』編集部に勤務。1990年6月から1997年2月まで同誌編集長を務めた。1998年に退社し、フリーのラグビージャーナリストに。多くのスポーツ誌に記事を寄稿するほか、『J SPORTS』の試合中継などで解説を務める。

教育に携わる皆さんには、

とくに読んでほしい

 30年以上、高校ラグビーの取材をしてきて、数えきれないほどの指導者に話を聞いた。それぞれに独特の指導法があり、選手への愛情を感じてきた。高校ラグビーは指導者次第だといつも思う。御所工業高校(現・御所実業高校)を初めて花園ラグビー場で見たとき、最も印象に残っているのは、キックオフ時の低い姿勢だ。しゃがんでいる選手、芝生に手をついている選手がいて、その指導法に興味を覚えた。
 初めて竹田寛行先生にじっくり話を聞いたのは、2011年に出版した「仲間を信じて」(岩波ジュニア新書)の中で御所工OBの菊谷崇さんについて書いたときの取材だった。当時、日本代表キャプテンを務めていた菊谷さんの高校時代の話をうかがうため学校を訪ねたのだが、過去のエピソードが面白くて引き込まれた。
 選手たちと一緒に学校の教室で秘密合宿をしたこと、自宅に選手を預かり先生の下着を選手が間違って持って行った話など微笑ましくも温かいエピソードの数々。僕の知っている竹田先生は、笑い話を聞かせてくれるラグビー界の先輩で、怖い空気はみじんも感じさせない。
 2015年7月、御所ラグビーフェスティバルにおじゃましたことがある。全国から多数の高校が集って試合するのは毎夏恒例の風景だが、このときは新装された人工芝グラウンドの完成を記念して前夜祭も行われた。菊谷崇さん(当時キヤノンイーグルス)、森田佳寿さん(東芝ブレイブルーパス)など竹田先生を慕うOBが集ってトークライブを繰り広げた。
 御所市のアザレアホールで行われたトークショーは、毎日放送の赤木誠アナウンサーが司会進行を務め、僕も参加させていただき、約1時間、高校時代の思い出など楽しく語り合った。多くのOBとは別に新田浩一さん(東海大仰星→東海大→サントリー、引退)、金正奎さん(常翔啓光学園→早大→NTTコミュニケーションズ)が友情出演していたのは、竹田先生の人柄ゆえだろう。
 スキンヘッドの小西大輔さん(HondaHEAT)が「竹田です」と自己紹介して爆笑を誘ったほか、「竹田先生が怖かった」と皆が口をそろえる中で、西村渉さん(NTTコミュニケーションズ)「でも、愛があるのは分かっていました」と優等生コメントで笑いをとるなど和やかなムードだった。
 試合中にタッチライン際から大きな声で指示を飛ばす強面のイメージがありながら、教え子たちのおもしろトークが嬉しそうな先生を見て、みんなのお父さんなのだと感じた。
 今回、竹田先生の定年退職を機にその指導哲学をまとめるお手伝いができて幸せだった。コロナ禍のためオンラインで何度もミーティングし、一緒に文章にまとめていく作業は楽しかった。ラグビーシーズンと重なっていたこともあって、「忙しいでしょう? 大丈夫ですか?」といつも気遣ってくださった。
 本の中には、「教師は嫌いだった」という先生が、どのようにやんちゃな生徒たちと向き合い、力を引き出したのか。その手法が盛り込まれている。教育に携わる皆さんには、とくに読んでほしいと思う。
 ひとつ残念だったのは、竹田先生を支える妻・光代さんとのなれそめがカットされたことだ。「これ削ってください。恥ずかしいです」。そんな照れ屋なところもまた、先生の魅力なのである。
 今後は「竹田塾」を開き、中学生を対象に国際的にも通用する人間を育てていくという。教員を定年退職しても、教育への情熱は少しも衰えない。竹田先生に出会った子供たちが秘められた能力を伸ばし、未来へ羽ばたく。そして先生の所に報告や相談をしに戻ってくる。気の早い想像で胸が熱くなるのは、竹田先生がそんな教育を実践してきたからだ。そのサイクルが始まるのを楽しみに待ちたい。